終わらない原発事故と「日本病」 (新潮文庫)

本書は福島事故後に出版されました。福島事故にかかわる「東電事故調査報告書」「民間事故調査報告書」「国会事故調査報告書」「政府事故調査報告書」が出版された後でしたので、情報には、事欠かない社会背景でした。評者は、昔から、著者の著書の記載内容に疑問を感じていました。著者のような文科系記者(新聞記者の90%はたとえ科学部でさえ文科系出身者)あがりが、いくら航空機事故や原発事故などを総合的に取材しても、見えてくる側面と見えてこない側面があり(あまり専門的事項はマスコミでは必要としていないこともあるのだが)、見えてこない側面をうまくごまかし、見えている部分をうまくつなぎ合わせて、ストーリー化いるように感じていました。一般的に言えば、著者の著書には、数は少ないものの、評者から見れば、記載内容に間違いも見られます。著者は、福島事故にかかわる政府事故調の委員のひとりですが、評者は、著者が委員に選出されたことに疑問を感じていました。それは、事故調査中に発した著者の言葉、すなわち、「生きていた非常用ディーゼル発電機が1台あっのに、なぜ、それをうまく生かされなかったのか」に違和感を覚えたからです。電力ケーブルをただ接続すれば良いと言うものではなく、電力供給システムをとおして、必要機器に給電しなければなりません。そのような給電システムは、建屋のB1にあるため、津波による海水の浸水により、そのシステムが機能を喪失しており、回復させるのは、困難でした。著者は、頭の中だけで、シミュレーションをしているだけです。著者の言う「日本病」とは、英国病など、その国の社会制度を揶揄する表現ですが、福島事故の場合には、「官僚の机上の判断による汗も涙も血も通っていない形式的意思決定」とでも揶揄しているのでしょう。しかしながら、福島事故は、その程度の揶揄表現で汲み尽すことができるほど単純なものではありません。単純でないことは、・日本地震学会は、東北地方太平洋沖地震の直後、その区域での地震発生の注意すら喚起していなかったことに、完全敗北宣言をしました、・歴史的な地震・津波を参考として、それに余裕度を設け、工学的対策を施すことが、現代技術の基本的手法であり、それを超える地震・津波が発生したならば、アウトです、・貞観地震・津波の研究は、2008年頃に、学会論文誌に原著論文として掲載され、それを基に、学会や事業者が定量的な検討を始めました、・たとえ、2009年から高さ16mの防潮堤の建設を開始しても、建設には、3年間もかかるため、2011年3月11日までに、間に合わず、結果は、同じ、などです。大地震・津波の発生が、現実的で、差し迫ったものであり、防潮堤の建設が間に合いそうもないことが分かれば、原子炉を停止し、炉心の燃料を使用済み燃料貯蔵プールに移し、その施設の冷却機能の多重化を図るなどの対策を立てたかもしれませんが、そのような差し迫った状況の兆候は、なかったように思えます。ですから、すべては、後知恵の世界です。福島事故は、地震・津波・火山噴火などの自然現象を安全側に評価して安全対策を立てられないことの現実に対し、では、どうしたら良いのかと言う対応不可能な回答を求めているように思え、原発だけでなく、現代技術全般に対する問いかけのように思えます。著者は、そこまでの問題意識を持っているのか否か、疑問です。